ガンの迷信はなぜ出来る?

【PJニュース 12月23日】? このほど、「便秘がちな人は大腸がんになりやすい」という説が否定された。93年から始まった厚生労働省研究班による10万人規模のコホート研究(疫学調査の一種)の結果などによってガン予防に関する従来の知識が次々と訂正されている。この大規模疫学研究の信頼性は比較的高い。

 食物繊維を多くとると大腸ガンになりにくい、脂肪を多く採ると乳がんになりやすい、βカロチンで肺ガンリスクを減らすことが出来る、環境ホルモンは発ガンの原因になる、などと云われてきた。現在、これらはすべて根拠のないものとして否定されている。魚の焦げも心配ないということになった。なかでもβカロチンは欧州で実施された摂取群と非摂取群に分けての長期に及ぶ大規模実験によって肺ガンリスクを逆に増加させる結果になったことはよく知られている。

 ガンに関する迷信はどうして作られるのだろうか。迷信の元になった調査や研究は真面目なものが多い。例えば、魚の焦げに発がん性があると騒がれたのはかなり昔であるが、元になった実験は人間に(あたりまえ)焦げを食べさせ続けてガンを作ったのでなく、魚にあるアミノ酸のひとつ、トリプトファンを加熱し、トリプP-1 トリプP-2の純粋な結晶を取り出し、これらをハムスターに注射したところ肉腫ができたというものらしい。さらに、これらを混ぜた餌をマウスに食べさせたところ、肝臓ガンができたといわれている。この実験から人間が焦げを食べればガンになるのと考えるのは大きな飛躍であり、可能性のひとつを示唆する程度のものと考えなければならない。

 マスコミ報道では、これを「焼き魚を食べるとガンになる可能性がある」と結論を大きく伝えたため「迷信」が生まれた。定性的な面を強調し、定量性を無視した結論である。人間を対象とする疫学研究でも、サンプル数が少なかったり、他の隠れた要因が見逃されていたりで、そのまま報道するには不十分なものが多いが、メディアにはそれを評価する能力に乏しく、内容がセンセーショナルでさえあれば発表するという傾向がある。

 複雑な事象を報道する場合、分かり易くするために省略や単純化が行われる。これが曲者で、事実を歪めてしまうことが多い。それも、よりセンセーショナルな方向に歪められる。主要なメディアで大きく報道されると、それは「事実」として通ってしまう。「迷信」製造の主役はメディアなのだ。

 世界保健機構(WHO)が2003年に発表した、「食生活、栄養と慢性疾患の予防」という報告書の結論では、「食生活とがんのリスクとの関係について、これまでの研究ではっきり明らかにされているものは、ほとんどない」とされている。またサプリメントや健康食品には、がん予防の効果が「確実」「おそらく確実」と判定されているものはないそうだ(これらは大きく報道されなかったと思う)。

 作られた迷信によって大きく成長を遂げた業界もある。健康食品業界とそれらに関する出版業界だ。近年の高額所得者の上位に健康食品会社の経営者が並ぶ現象を見ても、その繁栄ぶりを想像できる。つまりメディアが迷信をばら撒くことによって、国民は健康不安に陥り、健康食品業界が繁栄するという図式が見えるのである。もっとも結果がそうなっているというだけで、これを仕組まれたものと考えるほど私は陰謀説好みではない。

 メディアが研究結果を正確に評価し、適切な報道をしていれば、国民が健康不安に駆られて健康食品業界を大きく育成することはなかったと思われる。それも経済成長だと言われれば返す言葉がないが。

 ともあれメディアの学力向上を望みたい。【了】

ライブドア・ニュース - 2006/12/23